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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)58号 判決 1970年1月26日

原告 更生会社三協食品工業株式会社管財人

被告 東京国税局長

訴訟代理人 富田孝三 外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者双方の申立て

(原告)

「被告が更生会社三協食品工業株式会社の別紙目録記載の国税債権につき昭和四一年九月一九日付で第三債務者新三協食品工業株式会社に対してした債権差押処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(被告)

主文と同旨の判決

二  原告の請求原因

(一)  三協食品工業株式会社は、昭和三八年一〇月一日、東京地方裁判所において、会社更生法(昭和四二年法律第八八号による改正前のもの。以下同じ。)の規定に基づき、更生手続開始決定を受け、原告は、即日、同裁判所によつてその管財人に選任された。

(二)  被告は、昭和四一年九月一九日付で、更生会社三協食品工業株式会社の別紙目録記載の源泉徴収に係る所得税の滞納処分として、同社の第三債務者新三協食品工業株式会社に対する同月分の工場賃料債権三〇〇万円のうち右滞納税額に満つるまでの金額を、差し押えた。

(三)  しかし、右差押処分は、次に述べる理由によつて違法である。すなわち、

(1)  別紙目録記載の所得税のうち番号一ないし一二の債権は、いずれも昭和三八年七月までの徴収に係るものであつて、所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの。以下同じ。)三七条、三八条の規定により、更生手続開始当時すでにその法定納期限が到来していたものである。しかるに、被告は、同目録記載の所得税全部につき、手続開始の時より約一年後の昭和三九年一〇月三〇日にいたり、原告に対し納期限を同年一一月三〇日と指定した納税告知をなし、手続開始当時まだその指定納期限が到来していなかつたことを理由として、会社更生法一一九条の規定に基づき、右差押処分に及んだものであるが、同条にいう「納期限」とは、法定納期限を指すと解すべきであるから、該差押処分は、同条の解釈適用を誤つたものとして違法というべきである。けだし、すでに法定納期限の到来している租税債権は、何時でも請求することができ、しかも、更生手続が開始された場合、税務当局は、裁判所の通知(同法三五条、四七条、四六条、一二条)によつてその事実を了知し、租税債権の届出については、債権届出期日に拘束されることなく、更生計画の認可決定があるまでこれをなしうる(同法一五七条、一二二条一項)こととなつているのであるから、同条にいう「納期限」を法定納期限と解しても、源泉徴収に係る所得税の徴収に支障を来たすことはなく、却つて、これを指定納期限と解すれば、徴収職員の恣意によつて著しく債権者の利益が害され、関係人の利害を調整しつつ企業の維持更生を図らんとする同法の目的に違背することとなるからである。

(2)  また、その余の債権についても、それが共益債権であるとはいえ、

(イ) 右の金額は、本税と加算税とを合計しても僅か一万八、七二〇円にすぎないのであるから、延滞税額も加わえるとしても、この程度の債権徴収のために前記工場賃料債権三〇〇万円を差し押えることは、超過差押えとして国税徴収法四八条一項に違反する。

(ロ) 本件差押処分に対する原告の異議申立ては、右共益債権の部分に関する限り、内容が不明であることをその申立ての理由としているにもかかわらず、被告は、この点について何らの説明をも加わえることなく、異議申立てを棄却した。したがつて、右棄却決定は、重要な争点について判断遺脱の不法をおかしたものとして違法であるというべく、かかる違法な決定に係る前記差押処分は、取消しを免かれない。

(ハ) 前記差押処分は、差押債務者として単に「三協食品工業株式会社」と表示するにとどまり、管財人の記載を欠いているのでこの点からしても、取消しを免かれないものというべきである。

三  被告の答弁

(一)  原告主張の請求原因事実はすべて認めるが、法律上の主張は争う。

(二)  本件の争点に関する被告の主張は、左のとおりである。

(1)  源泉徴収に係る所得税は、本来、更生会社が国庫等に代わつてこれを徴収保管するものであつて、取戻権的性格を有するものであるから、他の一般の更生債権と異なり、すべて無条件に請求しうるはずである。しかるに、会社更生法一一九条が、かかる租税債権であつても、共益債権として自由に請求することができるものの範囲を、更生手続開始当時まだ納期限の到来していないものに限つたのは、関係人の利害を調整しつつ企業の維持更生を図らんとする同法の目的にかんがみ、その当時徴収権限の具体的行使が可能なものを除く趣旨に出たものであるから、そこにいう「納期限」とは、抽象的な納期限である法定納期限ではなくして、具体的な納期限たる指定納期限であると解すべきである。実務も、この線に副つて行なわれているのであるが、若し、原告主張のようにこれを法定納期限と解すれば、更生手続の申立ては突如として行なわれ、あらかじめ滞納税を調査しておくがごときことは、到底望みえないところであるから、源泉徴収に係る所得税の徴収は、著しく困難となり、法の趣旨を逸脱する不当な結果となる。

(2)  仮りに、原告主張のように会社更生法一一九条の「納期限」を法定納期限と解すべきものとしても、

(イ) 別紙目録記載の所得税のうち番号一三の債権が共益債権であることは、原告の認めて争わないところであるから、本件差押処分全部の取消しを求める原告の請求は、失当である。

(ロ) また、本件差押処分に対する原告の異議申立てにおいて、右共益債権の部分は申立ての対象となつていなかつたのであるから、被告のした異議申立棄却決定には、原告主張のごとき違法はないのみならず、そもそも、異議決定の瑕疵は、原処分を違法たらしめるものではないから、この点に関する原告の主張は、本件差押処分の取消事由とはなりえないものである。

(ハ) さらに、滞納処分としての債権の差押えにあつては、差押通知書が第三債務者に送達されることによつてその効力が発生し、滞納者自身に対する通知は、効力発生の要件ではなく、しかも、原告は、その事務補助者岡与三郎に交付された差押調書謄本を受領して右異議申立てに及んだのであるから、この点に関する原告の主張もまた失当である。

理由

原告主張の請求原因(一)および(二)の事実は、当事者間に争いがない。

一、そこで、まず、別紙目録記載の源泉徴収に係る所得税のうち番号一ないし一二の債権が共益債権であるかどうか―つまり、会社更生法、一一九条にいう「納期限」の意義如何―について判断することとする。

おもうに、会社更生法一一九条が、更生債権のうち源泉徴収に係る所得税は、通行税、有価証券取引税、酒税、物品税、砂糖消費税、揮発油税、地方道路税、石油ガス税、入場税、トランプ類税等とともに、更生手続開始当時まだ「納期限」の到来していないものに限り、共益債権として請求することができるとしたのは、かかる国税又は地方税は、更生手続開始前に発生した債権ではあるが、もともと、更生会社が徴収義務者又は特別徴収義務者として国庫等に代わつて徴収し、会社において保管しているものであつて、該債権が取戻権(法六二条、破産法八七条参照)ないし財団債権(破産法四七条参照)のごとき性質を有するものであるので、更生手続によらないで随時弁済を受けさせるのが相当であり、また、かくしても、関係人の利害を調整しつつ企業の維持更生を図らんとする同法の目的(法一条参照)に違背しないという法意に出たものである。もつとも、これら諸税の各種加算税は、本税とは異なり、右のごとき性質を有するものではないが、会社更生法一一九条が単に税目を列挙するにとどまつていること、また、税目上は加算税も本税に属するものとして取り扱われるべきであることからみて、本税と同様、右の要件を充足する限り、共益債権となるものと解するのが相当である。したがつて、ここにいう「納期限」とは、それが更生債権より共益債権となりうるものの範囲を画定する基準となつているのであるから、具体的租税債務の履行期としての意味を有するものでなければならないこと明らかであり、本条列挙の国税又は地方税のうち、源泉徴収に係る所得税にあつては、法定納期限までに納付がなされなかつた場合にその履行を請求するためには、法の枠内で納期限を指定して納税告知をすることが必要であり、これにより徴収義務者の源泉徴収税額の納付義務が具体的に確定するのであつて、法定納期限を経過しても指定納期限が到来しない以上履行遅滞にならないこと(所得税法四三条一項、通行税法一一条の二第四項等、国税通則法三六条参照)からみて、法定納期限ではなくして指定納期限を指すものというべきである。

いま、本件についてこれをみるのに、被告が別紙目録記載の源泉徴収に係る所得税につき昭和三九年一〇月三〇日原告に対し納期限を同年一一月三〇日と指定して納税告知をしたことは、原告の認めて争わないところであり、このことと前記当事者間に争いのない事実とをあわせ考えると、同所得税のうち番号一ないし一二の債権は、更生手続開始前に発生したものではあるが、手続開始当時まだその指定納期限の到来していなかつたこと明らかであるから、会社更生法一一九条の規定により、その余の番号一三の債権とともに、共益債権と認められるべきであり、被告が更生手続によらないで本件差押えに及んだことは、適法であるというべきである。

二、次に、超過差押えの主張について判断する。

原告のこの点に関する主張は、別紙目録記載の源泉徴収に係る所得税のうち番号一ないし一二の債権が共益債権でないことを前提とするものであるが、かかる前提そのものの失当であることは、前項説示理由記載のとおりである。そればかりでなく、国税徴収法六三条の規定によれば、徴収職員が債権を差し押える場合は、国税徴収の確実を期するため、原則として、徴収税額にかかわらず、これを超過する当該債権全額を差し押えることを必要とし、ただ、徴収職員において、当該債権の実質的価値を判断し、その一部をもつて滞納税額の徴収に十分であると認めたときは、例外的にその一部を差し押えることができることとなつているのであるから、徴収職員の右の判断に誤りがあるとしても、その誤りは、単に不当の問題を生ずるにとどまり、差押処分そのものを違法たらしめるものではないというべきである。それ故、原告の右主張は、採用の限りでない。

三、また、その余の原告の主張は、いずれも、本件差押処分の違法事由を主張するものではなく、それ自体理由がないものとして排斥すべきである。その理由は、被告の答弁と同一であるから、ここにこれを引用する。

よつて、本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆 中平健吉 渡辺昭)

(別紙)

滞納金目録

番号

年度

税目

納期限

税額

加算税

延滞税

備考

昭三九

源泉所得税

昭三九・一一・三〇

二、〇〇〇円

昭三七年三月分

七、〇〇〇円

七〇〇円

同年六月分

七、五〇〇円

七〇〇円

同年七月分

六、〇〇〇円

一、五〇〇円

同年七月分

一〇、〇〇〇円

一、〇〇〇円

同年八月分

一一〇、四〇一円

六一、〇〇〇円

同年九月分

一〇、〇〇〇円

一、〇〇〇円

同年一〇月分

二〇〇、〇〇〇円

二〇、〇〇〇円

同年一二月分

三、〇四二円

昭三八年一、二、七月分

一〇

九九、二五〇円

九、九〇〇円

同年三月分

一一

一七、〇八三〇円

一七、〇〇〇円

同年六月分

一二

一九四、四〇八円

一九、四〇〇円

同年七月分

一三

一七、〇二〇円

一、七〇〇円

同年九月分

(合計)

八三七、四五一円

一三三、九〇〇円

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